「……はぁ〜……」
私はその日、もう何度目になるかわからないため息を付いていた。
ため息は不幸の象徴ですって、城にいたお着きのメイドが言っていたな。
でもしょうがないのだ。どうガマンしても、やはりため息が出てしまうのだから。
そう、その理由というのも……
「んぅ〜……パム、今度はスク水だぞ〜……むにゃ」
これだ。
背のすぐ後ろから聞こえてくる、脳天気な寝言。
私の隣で、1つ同じベッドに寝ている男の声。
というか、寝言で「むにゃ」というのを初めて聞いたぞ、私は。
まぁそれは別にどうでもいいことだけど。
ちゃんちゃんこを羽織って、ベランダに出た。
空を見上げると、そこには砂金をちりばめたような星空。
ヨコハマは都会だから、あんまり星を見ることは出来ないって言っていたけど。
地下王国──魔界に住んでいた私からすれば、わずかな星すらも美しいと思うのだ。
……そんな素敵な空を眺めることが出来ても。
「はぁ……」
ため息。
止めようとは思っているのだけど、出てしまうのだから仕方がない。
「どうなっちゃうのかな、私……」
シンイチ。市ノ瀬 真一。
偶然とはいえ魔王である私を召喚し、むりやり使い魔(ファミリア)にした人間。
私は今、その男と同じ家で暮らしている。
ち、違うぞ? 私から望んでこんな生活を送っているのではないっ。
使い魔は、マスターの側にいてマスターの命令を聞かなくてはいけない決まり事があるのだ。
だから一緒に暮らしているというだけで、断じて私の意志ではないっ!
ほ、本当だぞっ? 嘘じゃないんだからなっ。
……コホン。
とにかく私は今、そんな男と一緒に暮らしている。
だからこそ不安なのだ。
今まで一度も訪れたことのない世界。人間界。
知人一人すらいないこの地で、私はどこの誰とも知らぬ男と共に暮らし、命令を聞かなくてはいけない。
私だって、こんなしゃべり方をしているが一応女の子だぞ?
この環境を不安に思わないわけがないっ。
具体的には、どんなにエッチでヘンタイ的な事を要求されるかわかったモンではないということなのだっ。
昨日なんて、は、裸エプロン&お風呂で奉仕とか言われたし……あううぅ。
とはいえため息を付くのは、それがイヤだから、ではない。
あ、もちろん恥ずかしいのはイヤだぞっ? 女の子として当たり前だ!
でも……それが理由でため息を付いているわけではなかったりする。
部屋に戻ってみると、真っ暗な中に聞こえる音。
仮にとはいえ、私のマスターになった男。シンイチの寝息。
見てみると、こやつは枕を抱きしめ頬ずりしたままヨダレを垂らして寝ていた。
はぁ。こんなだらしない男が私のマスターだなんて……
この男は、いったい私のことをどう思っているのだ?
シンイチにとって、私とはなんなのだ?
いきなり部屋に現れた、自分に都合のいい女の子?
シンイチの周りにいる、何人もの女の子の中の一人?
それとも単なる使い魔?
シンイチは、ちゃんと私を一人の女の子として見てくれているのかな……?
そして……私はシンイチの事を、どう思っているのかな……
わからない。
わからないからこそ、つい、
「……は〜ぁ……」
ため息がこぼれてしまうのだ。
私はこの先、この男に何をされてしまうのだろう?
ため息を付くたびに思う。もしかして、酷いことをされるんじゃないかって。
そう思っていても、今の私は使い魔。マスターの命令は絶対。
言われるがままにしか行動できない自分が、つくづく情けなくなってくる。
でも……
「んん〜……よしよしよし……パムかわいいよパムぅ〜……」
おそらく枕を私だと思っているのだろう。
先ほどからずっと頭(?)を撫でているシンイチ。
そのだらしない寝顔を見る限りでは、悪いことが出来るようには思えない。
そして何より……
『大切にしてやるからな』
この男は、後ろから抱きしめながらそう言ってくれた。
そのときばかりは普段とは大違いの、真面目な声で。
私を包み込んで、優しく頭を撫でながら言ってくれたのだ。
──だから。
「ほら、シンイチ。もうちょっと向こうに寄れ……ていていっ」
「ふごっ」
シンイチを軽く蹴って、同じベッドの中に入った。
布団にくるまると、暖かな温もりとシンイチの匂いが全身を包み込む。
それが「優しさ」に感じられるうちは、この男の近くにいてやろう。
温もりが優しいと感じられる。
それはつまり、私も心のどこかで、この男の側にいたいと思っている証拠なのだから。
でも……
「大切にしてくれないと、魔法でフッ飛ばしちゃうからな……?」
【終わり】
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